ALWAYS 続・三丁目の夕日 金曜ロードショー
2008年11月22日
概要
2005年11月5日に公開された『ALWAYS 三丁目の夕日』の続編。2006年11月に監督の山崎貴、エグゼクティブプロデューサーの阿部秀司、奥田誠治の3氏が続編の製作を発表。
前作では建設中の東京タワーや上野駅、蒸気機関車C62、東京都電など当時の東京の街並みをミニチュアとCG(いわゆるVFX)で再現し話題を呼んだが、今作でも完成後の東京タワー、東京駅、羽田空港、日本橋、当時国鉄が運転を開始したばかりの20(→151)系新型特急電車こだまなどが再現される。また映画序盤には日本を代表する怪獣ゴジラがフルCGで登場している。また、当時活況を呈していた映画館や庶民の社交場であった銭湯なども再現される。
前作の終了時点から4ヵ月後の昭和34年(1959年)春の夕日町三丁目に住む人々の姿を描く。出演者は前作から引き続き出演し、2007年1月にクランクイン。
今作では、竜之介やヒロミ、淳之介のその後の展開がメインとなる。また、鈴木家の親戚の娘の鈴木美加や、六子の幼馴染の中山武雄という人物が登場する。
2008年11月21日に日本テレビの金曜ロードショーで地上波初放送。
ストーリー
東京下町の夕日町三丁目では、茶川が黙って去って行ったヒロミを想い続けながら淳之介と暮らしていた。 そんなある日、淳之介の実父である川渕が再び息子を連れ戻しにやって来た。
そこで茶川は、人並みの暮らしをさせられる証しを必ず見せるからと頼み込み、改めて淳之介を預かった。
大きな事を言ったはいいが、どうやって安定した生活を見せられるのか。。 やけ酒に酔いつぶれる茶川ではあったが、 翌朝、一度はあきらめていた“芥川賞受賞”の夢に向かって黙々と執筆を始める茶川の姿があった。
それを見た鈴木オートやまわりの皆なは、心から応援し始めるのだった。
茶川が芥川賞へ向けて全力で書き上げた内容とは…
キャスト
茶川竜之介:吉岡秀隆
石崎ヒロミ:小雪
古行淳之介:須賀健太
鈴木則文:堤真一
鈴木トモエ:薬師丸ひろ子
鈴木一平:小清水一揮
星野六子:堀北真希
大田キン:もたいまさこ
鈴木大作:平田満
鈴木美加:小池彩夢
中山武雄:浅利陽介
宅間史郎:三浦友和(特別出演)
丸山精肉店:マギー
吉田自転車:温水洋一
王手興産社長・川渕康成:小日向文世
社長秘書・佐竹幸弘:小木茂光
郵便配達員:神戸浩
中島巡査:飯田基祐
氷屋:ピエール瀧
山村先生:吹石一恵
牛島:福士誠治
メリー:貫地谷しほり
山本信夫:上川隆也
大橋:渡辺いっけい
踊り子・梅子:手塚理美
踊り子・チエミ:藤本静
松下忠信:浅野和之
主題歌
BUMP OF CHICKEN「花の名」
エアガン・ハンドガンでの撃ち合い
2008年11月21日
今日の4:00からまた橋の下で撃ち合いをした。
初めはサイレンサー付のM92Fを使ってた。
M92Fは好き。よく映画でも使われてるしね。
暗くなってきたのでメインの銃、特殊部隊が使ってるっぽいSOCOM(ソーコム)を使うことにした。
なぜならライト3つつけてるからめっちゃ明るいっ
バネも変えて威力UP!命中精度サイコー
でもライトつけすぎて銃口が重い^^;
もっとバランスよく改造しなければ・・・・・!!

初めはサイレンサー付のM92Fを使ってた。
M92Fは好き。よく映画でも使われてるしね。
暗くなってきたのでメインの銃、特殊部隊が使ってるっぽいSOCOM(ソーコム)を使うことにした。
なぜならライト3つつけてるからめっちゃ明るいっ
バネも変えて威力UP!命中精度サイコー
でもライトつけすぎて銃口が重い^^;
もっとバランスよく改造しなければ・・・・・!!

ユナイテッド93 木曜洋画劇場
2008年11月20日
2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ。
その日、奪われた旅客機の中で
ただ一機、目標到達前に消失した謎の機体があった・・・
極限状況の中、人々は何を考え、どう行動したのか。
「ボーン・アルティメイタム」のポール・グリーングラス監督が
膨大な資料と関係者へのインタビューを基に製作した真実の物語
ついに地上波初登場。
2001年9月11日、いつもと変わらないニューアーク空港の風景。サンフランシスコ行きユナイテッド93便は、朝の離陸ラッシュに巻き込まれて予定時間を30分ほど遅れて出発した。乗客の中にまぎれた男たちが、想像を絶するテロを計画していることなど、誰も想像すらしていない。
その直後、アメリカン11便のハイジャックが発生。マンハッタン上空でレーダーから姿を消した同機はワールド・トレード・センター北棟に激突した。軍や航空管制センターが混乱する中、今度はユナイテッド175便がワールド・トレード・センター南棟に激突。あまりの事態に、各所で事態の収拾に努めていた全員が言葉を失う。
同じ頃、ユナイテッド93便の機内に潜んでいたテロリストも行動を開始。機内は騒然となる。そして3機目のハイジャック機がペンタゴンに突入。各地の惨状を聞いた乗客たちは、この機も同じ運命を辿ると確信した。絶望に打ちひしがれながらも、やがて彼らはわずかな武器を手に立ち上がる。今自分達にできることを実行するために――。
『ユナイテッド93』(United 93)は、2006年のアメリカ映画。アメリカ同時多発テロでハイジャックされた4機のうち、唯一目標に達しなかったユナイテッド航空93便の離陸から墜落までの機内の様子を、残された資料や証言などにより可能な限り再現、製作されたノンフィクション映画である。製作には遺族のほとんどからの了承を得ている。
出演者は無名俳優が中心に選ばれた。また、リアリティを追求するために、パイロットや客室乗務員役にはその職業の経験者を起用。特に管制官役の一部は、事件当時実際に勤務していた管制官が本人役を演じている(CASTでは「As Himself」と示されている)。また、空港との無線等には、事件当時の実際の音声が一部使用されている。
2006年
(監督)
(出演) アメリカ
ポール・グリーングラス
ベン・スライニー
---------声の出演 :津嘉山正種
グレッグ・ヘンリー
---------声の出演 :佐々木敏
J・J・ジョンソン
---------声の出演 :伊藤和晃
トリッシュ・ゲイツ
---------声の出演 :小林さやか
ナンシー・マクドニール
---------声の出演 :塩田朋子
その日、奪われた旅客機の中で
ただ一機、目標到達前に消失した謎の機体があった・・・
極限状況の中、人々は何を考え、どう行動したのか。
「ボーン・アルティメイタム」のポール・グリーングラス監督が
膨大な資料と関係者へのインタビューを基に製作した真実の物語
ついに地上波初登場。
2001年9月11日、いつもと変わらないニューアーク空港の風景。サンフランシスコ行きユナイテッド93便は、朝の離陸ラッシュに巻き込まれて予定時間を30分ほど遅れて出発した。乗客の中にまぎれた男たちが、想像を絶するテロを計画していることなど、誰も想像すらしていない。
その直後、アメリカン11便のハイジャックが発生。マンハッタン上空でレーダーから姿を消した同機はワールド・トレード・センター北棟に激突した。軍や航空管制センターが混乱する中、今度はユナイテッド175便がワールド・トレード・センター南棟に激突。あまりの事態に、各所で事態の収拾に努めていた全員が言葉を失う。
同じ頃、ユナイテッド93便の機内に潜んでいたテロリストも行動を開始。機内は騒然となる。そして3機目のハイジャック機がペンタゴンに突入。各地の惨状を聞いた乗客たちは、この機も同じ運命を辿ると確信した。絶望に打ちひしがれながらも、やがて彼らはわずかな武器を手に立ち上がる。今自分達にできることを実行するために――。
『ユナイテッド93』(United 93)は、2006年のアメリカ映画。アメリカ同時多発テロでハイジャックされた4機のうち、唯一目標に達しなかったユナイテッド航空93便の離陸から墜落までの機内の様子を、残された資料や証言などにより可能な限り再現、製作されたノンフィクション映画である。製作には遺族のほとんどからの了承を得ている。
出演者は無名俳優が中心に選ばれた。また、リアリティを追求するために、パイロットや客室乗務員役にはその職業の経験者を起用。特に管制官役の一部は、事件当時実際に勤務していた管制官が本人役を演じている(CASTでは「As Himself」と示されている)。また、空港との無線等には、事件当時の実際の音声が一部使用されている。
2006年
(監督)
(出演) アメリカ
ポール・グリーングラス
ベン・スライニー
---------声の出演 :津嘉山正種
グレッグ・ヘンリー
---------声の出演 :佐々木敏
J・J・ジョンソン
---------声の出演 :伊藤和晃
トリッシュ・ゲイツ
---------声の出演 :小林さやか
ナンシー・マクドニール
---------声の出演 :塩田朋子
強く儚い者たち / Cocco
2008年11月18日
me me she - RADWIMPS
2008年11月12日
東京 by くるり
2008年11月01日
パパ・ローチ (Papa Roach)
2008年09月11日
パパ・ローチ (Papa Roach)はアメリカ合衆国のロックバンド。
来歴
1993年にカリフォルニア州ヴァカヴィルで結成された。当初のメンバーはジャコビー・シャディックス、ジェリー・ホートン、デイヴ・バックナー、ウィル・ジェイムの4人。自らレーベルを立ち上げ、『Potatoes for Christmas』や『Caca Bonita』などのEPをリリースした。1996年にはベースのウィルが脱退し、代わりとしてトビン・エスペランスが加入する。
「月の半分はライブ」という言葉の通り、多くのライブを精力的にこなしインディーズ界で人気を博していった。1999年10月にはメジャーレーベルのドリームワークスと契約し、2000年に同レーベルからインフェスト+2 (Infest)をリリース、メジャーデビューを果たす。
初期のアルバム(『Old Friends From Young Years』や『インフェスト+2』)ではニューメタルやラップコアの影響を受けていたが、 2002年リリースの『ラヴヘイトトラジディ』からは、ラッピング・ボーカルの少ないオルタナティブ・ロック色の強い作品を作るようなった。2008年1月28日、ドラムのデイヴ・バックナーの脱退が発表された。
来歴
1993年にカリフォルニア州ヴァカヴィルで結成された。当初のメンバーはジャコビー・シャディックス、ジェリー・ホートン、デイヴ・バックナー、ウィル・ジェイムの4人。自らレーベルを立ち上げ、『Potatoes for Christmas』や『Caca Bonita』などのEPをリリースした。1996年にはベースのウィルが脱退し、代わりとしてトビン・エスペランスが加入する。
「月の半分はライブ」という言葉の通り、多くのライブを精力的にこなしインディーズ界で人気を博していった。1999年10月にはメジャーレーベルのドリームワークスと契約し、2000年に同レーベルからインフェスト+2 (Infest)をリリース、メジャーデビューを果たす。
初期のアルバム(『Old Friends From Young Years』や『インフェスト+2』)ではニューメタルやラップコアの影響を受けていたが、 2002年リリースの『ラヴヘイトトラジディ』からは、ラッピング・ボーカルの少ないオルタナティブ・ロック色の強い作品を作るようなった。2008年1月28日、ドラムのデイヴ・バックナーの脱退が発表された。
コールドプレイ(Coldplay)
2008年09月07日
コールドプレイ(Coldplay)はイギリスのロックバンドである。英国が生んだ21世紀最大のロックバンドと称されているように現代において最も注目されているUKバンドである。彼らの叙情的かつ普遍的な音楽性は全世界規模で支持されている。
概要
1997年にロンドンで結成される。メンバーは、クリス・マーティン(ボーカル・ギター・ピアノ)、ジョニー・バックランド(ギター)、ガイ・ベリーマン(ベース)、ウィル・チャンピオン(ドラム)から構成される。2000年、デビュー・アルバム『パラシューツ』とシングル『Yellow』の大ヒットにより世界的な成功を得た。現在までに総計3300万枚以上のアルバムを売り上げ、2000年代における最も成功したバンドのひとつである。『パラシューツ』は全世界で約950万枚、2ndアルバム『静寂の世界』は約1400万枚、3rdアルバムとなる『X&Y』は約1000万枚のセールスを記録した。ブライアン・イーノをプロデューサーに迎えた4枚目となるスタジオ・アルバム、『美しき生命』は2008年6月にリリースされ、大々的なセールスと多くのリスナーによる高評価を得た。「イエロー」、「スピード・オブ・サウンド」や2003年にグラミー賞「最優秀レコード賞」を受賞した「クロックス」、さらに最新シングル「美しき生命」といった数多くのヒット曲があることで知られる。
コールドプレイの楽曲はさまざまなアーティストの影響を受けている。初期の楽曲は特にジェフ・バックリィやレディオヘッドと比較されることが多く、U2やトラヴィスにも影響を受けているとされている。『パラシューツ』以降は他方面からの影響を得たとされ、『静寂の世界』ではエコー&ザ・バニーメンやジョージ・ハリスン、『X&Y』ではジョニー・キャッシュやクラフトワークにも影響を受けているとされる。
コールドプレイはフェアトレードやアムネスティ・インターナショナルなどの社会的・政治的運動を活発に支持している。さらにバンド・エイドやLIVE 8などの慈善コンサートにおいても公演を行っている。
メンバー
クリス・マーティン (Chris Martin、1977年3月2日 - ) / ボーカル・ギター・ピアノ
イングランド南西部のデヴォン州に生まれる。音楽活動以外にも、発展途上国から先進国に対する輸出を中心とした公正な商品の取引を推進しようとするフェアトレードに参加している。また、グラミー賞の授賞式ではジョージ・ウォーカー・ブッシュとイラク戦争を批判し、民主党の大統領候補だったジョン・ケリーを支持した。私生活においては、アメリカの女優グウィネス・パルトローと2003年12月に結婚し、一男一女をもうけている。
ジョニー・バックランド (Jonny Buckland、1977年9月11日 - ) / ギター
ロンドン生まれ。マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのファンだった兄の影響で音楽を始める。ボーカルのクリスをして「ジョニー・バックランドなくしてコールドプレイの音楽は存在しない」と言わしめる存在。ジミ・ヘンドリックスらに影響を受けているとされている。映画『ショーン・オブ・ザ・デッド』にはクリスとともにカメオ出演をしている。
ガイ・ベリーマン (Guy Berryman、1978年4月12日 - ) / ベース
スコットランド生まれ。16歳のときからベースを始める。大学に入ると初めは工学を専攻したが建築学に専攻を変更した。しかしそれにドロップアウトしコールドプレイの活動に集中した。ジェームス・ブラウンやビートルズ、ピンク・フロイドに影響を受けているとされている。
ウィル・チャンピオン (Will Champion、1978年7月31日 - ) / ドラム
イングランド南部のハンプシャー生まれ。若いころはトム・ウェイツに影響を受け、ギター・ピアノ・ベースといった楽器に触れていたが、ドラムはコールドプレイに加入するまで経験していなかった。コールドプレイ加入前は「Fat Hamster(ファット・ハムスター)」というバンドで活躍していた。クリス曰く「人間ジュークボックス」。
概要
1997年にロンドンで結成される。メンバーは、クリス・マーティン(ボーカル・ギター・ピアノ)、ジョニー・バックランド(ギター)、ガイ・ベリーマン(ベース)、ウィル・チャンピオン(ドラム)から構成される。2000年、デビュー・アルバム『パラシューツ』とシングル『Yellow』の大ヒットにより世界的な成功を得た。現在までに総計3300万枚以上のアルバムを売り上げ、2000年代における最も成功したバンドのひとつである。『パラシューツ』は全世界で約950万枚、2ndアルバム『静寂の世界』は約1400万枚、3rdアルバムとなる『X&Y』は約1000万枚のセールスを記録した。ブライアン・イーノをプロデューサーに迎えた4枚目となるスタジオ・アルバム、『美しき生命』は2008年6月にリリースされ、大々的なセールスと多くのリスナーによる高評価を得た。「イエロー」、「スピード・オブ・サウンド」や2003年にグラミー賞「最優秀レコード賞」を受賞した「クロックス」、さらに最新シングル「美しき生命」といった数多くのヒット曲があることで知られる。
コールドプレイの楽曲はさまざまなアーティストの影響を受けている。初期の楽曲は特にジェフ・バックリィやレディオヘッドと比較されることが多く、U2やトラヴィスにも影響を受けているとされている。『パラシューツ』以降は他方面からの影響を得たとされ、『静寂の世界』ではエコー&ザ・バニーメンやジョージ・ハリスン、『X&Y』ではジョニー・キャッシュやクラフトワークにも影響を受けているとされる。
コールドプレイはフェアトレードやアムネスティ・インターナショナルなどの社会的・政治的運動を活発に支持している。さらにバンド・エイドやLIVE 8などの慈善コンサートにおいても公演を行っている。
メンバー
クリス・マーティン (Chris Martin、1977年3月2日 - ) / ボーカル・ギター・ピアノ
イングランド南西部のデヴォン州に生まれる。音楽活動以外にも、発展途上国から先進国に対する輸出を中心とした公正な商品の取引を推進しようとするフェアトレードに参加している。また、グラミー賞の授賞式ではジョージ・ウォーカー・ブッシュとイラク戦争を批判し、民主党の大統領候補だったジョン・ケリーを支持した。私生活においては、アメリカの女優グウィネス・パルトローと2003年12月に結婚し、一男一女をもうけている。
ジョニー・バックランド (Jonny Buckland、1977年9月11日 - ) / ギター
ロンドン生まれ。マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのファンだった兄の影響で音楽を始める。ボーカルのクリスをして「ジョニー・バックランドなくしてコールドプレイの音楽は存在しない」と言わしめる存在。ジミ・ヘンドリックスらに影響を受けているとされている。映画『ショーン・オブ・ザ・デッド』にはクリスとともにカメオ出演をしている。
ガイ・ベリーマン (Guy Berryman、1978年4月12日 - ) / ベース
スコットランド生まれ。16歳のときからベースを始める。大学に入ると初めは工学を専攻したが建築学に専攻を変更した。しかしそれにドロップアウトしコールドプレイの活動に集中した。ジェームス・ブラウンやビートルズ、ピンク・フロイドに影響を受けているとされている。
ウィル・チャンピオン (Will Champion、1978年7月31日 - ) / ドラム
イングランド南部のハンプシャー生まれ。若いころはトム・ウェイツに影響を受け、ギター・ピアノ・ベースといった楽器に触れていたが、ドラムはコールドプレイに加入するまで経験していなかった。コールドプレイ加入前は「Fat Hamster(ファット・ハムスター)」というバンドで活躍していた。クリス曰く「人間ジュークボックス」。
Sum 41(サム・フォーティワン)
2008年09月07日
Sum 41(サム・フォーティワン)は、カナダオンタリオ州エイジャックス出身のパンク/メタルバンドである。バンド名の由来は、夏休みが41日目に差し掛かった日に一緒に出かけたワープド・ツアーで感銘を受け、この日から活動を開始したことによる。2002年から2003年、2004年に立て続けに来日し、サマーソニックにも出演した。 現在は3人で活動している。
"We're All To Blame"は映画『ゴジラ FINAL WARS』の挿入歌に使用され、話題を呼んだ。 また『スパイダーマン』の挿入歌の"What We're All About"も歌っている。
[編集] シングル
Makes No Difference (Half Hour Of Power、2000年)
What We're All About (Half Hour Of Power/スパイダーマン・サウンドトラック、2002年)
Fat Lip (All Killer No Filler、2001年)
In Too Deep (All Killer No Filler、2001年)
Motivation (All Killer No Filler、2002年)
Handle This (All Killer No Filler、2002年)
The Hell Song (Does This Look Infected?、2002年)
Still Waiting (Does This Look Infected?、2003年)
Over My Head (Better Off Dead) (Does This Look Infected?、2003年)
We're All To Blame (Chuck、2004年)
Pieces (Chuck、2005年)
Some Say (Chuck、2005年)
No Reason (Chuck、2005年)
March of the Dogs (Underclass Hero, 2007年 PCでの先行配信)
Underclass Hero (Underclass Hero, 2007年)
Walking Disaster (Underclass Hero, 2007年)
その他
3rdアルバムのChuckというタイトルの由来は、アフリカのコンゴでバンドが突然の内戦に巻き込まれた際、バンドを救出してくれた国連職員の名前からである。Chuckに収録されているリード・シングル、We're All To Blameは、コンゴでの出来事にインスパイアされた曲と言われている。
Squier社よりデリックのシグネチャー・ギター(テレキャスター・デラックス)が発売中である。通常のテレキャスター・デラックスと比べると、ピックアップはリアのみ、コントロールは1ヴォリューム1トーンという仕様。最大の特徴は、ボディ下部とピックガード上部に赤い×印がペイントされている事である。デリックはUnderclass HeroとWalking Disasterのビデオで使用している。
2003年3月 - 2007年3月、Sum 41作曲のオールナイトニッポンジングルが使用された。
アルバムUnderclass Heroの特典DVDには、日本盤のみRoad to Ruin Episode #10が収録されている。このストーリーはまだオフィシャル・サイトでは公開されていない。
アルバムUnderclass Heroの先行シングル"March of the Dogs"がブッシュ大統領への脅迫ではないかと、物議をかもした(この歌の歌いだしは"アメリカ大統領は死んだ"から始まる)。
"We're All To Blame"は映画『ゴジラ FINAL WARS』の挿入歌に使用され、話題を呼んだ。 また『スパイダーマン』の挿入歌の"What We're All About"も歌っている。
[編集] シングル
Makes No Difference (Half Hour Of Power、2000年)
What We're All About (Half Hour Of Power/スパイダーマン・サウンドトラック、2002年)
Fat Lip (All Killer No Filler、2001年)
In Too Deep (All Killer No Filler、2001年)
Motivation (All Killer No Filler、2002年)
Handle This (All Killer No Filler、2002年)
The Hell Song (Does This Look Infected?、2002年)
Still Waiting (Does This Look Infected?、2003年)
Over My Head (Better Off Dead) (Does This Look Infected?、2003年)
We're All To Blame (Chuck、2004年)
Pieces (Chuck、2005年)
Some Say (Chuck、2005年)
No Reason (Chuck、2005年)
March of the Dogs (Underclass Hero, 2007年 PCでの先行配信)
Underclass Hero (Underclass Hero, 2007年)
Walking Disaster (Underclass Hero, 2007年)
その他
3rdアルバムのChuckというタイトルの由来は、アフリカのコンゴでバンドが突然の内戦に巻き込まれた際、バンドを救出してくれた国連職員の名前からである。Chuckに収録されているリード・シングル、We're All To Blameは、コンゴでの出来事にインスパイアされた曲と言われている。
Squier社よりデリックのシグネチャー・ギター(テレキャスター・デラックス)が発売中である。通常のテレキャスター・デラックスと比べると、ピックアップはリアのみ、コントロールは1ヴォリューム1トーンという仕様。最大の特徴は、ボディ下部とピックガード上部に赤い×印がペイントされている事である。デリックはUnderclass HeroとWalking Disasterのビデオで使用している。
2003年3月 - 2007年3月、Sum 41作曲のオールナイトニッポンジングルが使用された。
アルバムUnderclass Heroの特典DVDには、日本盤のみRoad to Ruin Episode #10が収録されている。このストーリーはまだオフィシャル・サイトでは公開されていない。
アルバムUnderclass Heroの先行シングル"March of the Dogs"がブッシュ大統領への脅迫ではないかと、物議をかもした(この歌の歌いだしは"アメリカ大統領は死んだ"から始まる)。
Green Day
2008年09月07日
グリーン・デイ(Green Day)は、1987年に結成したカリフォルニア州バークレー出身のアメリカ合衆国のメロディック・パンク・バンド。
概要
1990年にレコードデビュー、1994年にメジャーデビューを果たしている。ポップ・パンク、メロコアを代表するバンドである。また、パンクバンドとしては史上初のグラミー賞の最高賞「最優秀レコード賞」を獲得するなど、パンク史においても重要な位置づけに置かれるバンドである。
その他
2006年、雑貨店経営の男に『アメリカン・イディオット』は自分が高校時代に作曲したものであると訴えられる。内容は「高校時代自分が作った曲を悪意のある同級生が盗み聞きし、10年以上たって、ビリーに渡り、取引をした」という主張で証拠もほとんどなかった。当然、裁判所はこれを棄却。男は新たな証拠を探し、また訴えるという。
また、同じく『アメリカン・イディオット』絡みでは、オアシスのノエル・ギャラガーからも強い抗議を受けている(ギャラガー兄弟は、グリーン・デイ、及びそのファン嫌いでも知られる)。オアシスのヒット曲である『ワンダーウォール(Wonderwall)』と、『ブールヴァード・オブ・ブロークン・ドリームス』のアレンジが酷似しているというもの [1]。この抗議に対して、グリーン・デイサイドからのアナウンスはされていない。
植物人間状態の息子を持つ母親がその息子にグリーン・デイの曲を聞かせ続けていたら、意識を取り戻したという逸話がある。
概要
1990年にレコードデビュー、1994年にメジャーデビューを果たしている。ポップ・パンク、メロコアを代表するバンドである。また、パンクバンドとしては史上初のグラミー賞の最高賞「最優秀レコード賞」を獲得するなど、パンク史においても重要な位置づけに置かれるバンドである。
その他
2006年、雑貨店経営の男に『アメリカン・イディオット』は自分が高校時代に作曲したものであると訴えられる。内容は「高校時代自分が作った曲を悪意のある同級生が盗み聞きし、10年以上たって、ビリーに渡り、取引をした」という主張で証拠もほとんどなかった。当然、裁判所はこれを棄却。男は新たな証拠を探し、また訴えるという。
また、同じく『アメリカン・イディオット』絡みでは、オアシスのノエル・ギャラガーからも強い抗議を受けている(ギャラガー兄弟は、グリーン・デイ、及びそのファン嫌いでも知られる)。オアシスのヒット曲である『ワンダーウォール(Wonderwall)』と、『ブールヴァード・オブ・ブロークン・ドリームス』のアレンジが酷似しているというもの [1]。この抗議に対して、グリーン・デイサイドからのアナウンスはされていない。
植物人間状態の息子を持つ母親がその息子にグリーン・デイの曲を聞かせ続けていたら、意識を取り戻したという逸話がある。
シンプル・プラン (Simple Plan)
2008年08月31日
シンプル・プラン (Simple Plan) はカナダのケベック州モントリオール出身のポップ・パンク・バンド。2002年9月に初来日。正式メンバーの5人全員がフランス系カナダ人。
バンド名は 映画「シンプル・プラン」から。
来歴
1990年、13歳だったピエール・ブーヴィエとチャック・コモーが「リセット」 (Reset) というバンドを結成[1][2]。パンクバンドのMxPx、Ten Foot Pole、Face to Faceとのツアーを通じ徐々に人気を博していった[1]。1997年にはデビューアルバムをリリースしたが、コモーは大学進学のため脱退してしまう。しかし2年後にジェフ・スティンコ、セバスチャン・ルフェーヴルと共に音楽活動を再開。[1]
その頃、リセットで活動を続けていたピエールは、1999年後半にSugar Ray showでコモーと再会したのを機にリセットを脱退し、コモーのメンバーと合流する。さらに、脱退したピエールの後任となったリセットのデヴィッド・デロシアーズもコモーらのメンバーに加入、現在のシンプル・プランが生まれた。[1]
メジャーデビュー・アルバムの『NO PADS, NO HELMETS…JUST BALLS』(邦題:シンプル・プラン)は、2002年にLAVAレコーズからリリースされ、200万枚以上の売上げを記録[3]。2003年にMTV Video Music Awardsで「ベスト・ニュー・アーティスト」にノミネートされたほか、同年6月には2003マッチミュージック・ビデオ・アウォーズの「People's Choice "Favorite Canadian Group"」を受賞した[1][3]。2ndアルバム『スティル・ノット・ゲッティング・エニイ』は、メタリカやモトリー・クルーの仕事で知られるボブ・ロックをプロデューサーに迎え[2]、2004年にリリース。世界で300万枚以上のセールスを記録し、アメリカでプラチナディスク、日本ではゴールドディスクに認定されている[3]。
シングル
発売年 シングル 収録アルバム(邦題)
2001年 I'm Just a Kid シンプル・プラン
2002年 I'd Do Anything シンプル・プラン
2003年 Addicted シンプル・プラン
2004年 Perfect シンプル・プラン
2004年 Welcome to My Life スティル・ノット・ゲッティング・エニイ
2004年 Shut Up! スティル・ノット・ゲッティング・エニイ
2005年 Untitled (How Could This Happen to Me) スティル・ノット・ゲッティング・エニイ
2005年 Crazy スティル・ノット・ゲッティング・エニイ
2006年 Perfect World スティル・ノット・ゲッティング・エニイ
2007年 When I'm Gone シンプル・プラン3
2008年 Your Love Is a Lie シンプル・プラン3
■コメント
今日初めてこのバンド聞いた
2つ目とかカッコイイネ
バンド名は 映画「シンプル・プラン」から。
来歴
1990年、13歳だったピエール・ブーヴィエとチャック・コモーが「リセット」 (Reset) というバンドを結成[1][2]。パンクバンドのMxPx、Ten Foot Pole、Face to Faceとのツアーを通じ徐々に人気を博していった[1]。1997年にはデビューアルバムをリリースしたが、コモーは大学進学のため脱退してしまう。しかし2年後にジェフ・スティンコ、セバスチャン・ルフェーヴルと共に音楽活動を再開。[1]
その頃、リセットで活動を続けていたピエールは、1999年後半にSugar Ray showでコモーと再会したのを機にリセットを脱退し、コモーのメンバーと合流する。さらに、脱退したピエールの後任となったリセットのデヴィッド・デロシアーズもコモーらのメンバーに加入、現在のシンプル・プランが生まれた。[1]
メジャーデビュー・アルバムの『NO PADS, NO HELMETS…JUST BALLS』(邦題:シンプル・プラン)は、2002年にLAVAレコーズからリリースされ、200万枚以上の売上げを記録[3]。2003年にMTV Video Music Awardsで「ベスト・ニュー・アーティスト」にノミネートされたほか、同年6月には2003マッチミュージック・ビデオ・アウォーズの「People's Choice "Favorite Canadian Group"」を受賞した[1][3]。2ndアルバム『スティル・ノット・ゲッティング・エニイ』は、メタリカやモトリー・クルーの仕事で知られるボブ・ロックをプロデューサーに迎え[2]、2004年にリリース。世界で300万枚以上のセールスを記録し、アメリカでプラチナディスク、日本ではゴールドディスクに認定されている[3]。
シングル
発売年 シングル 収録アルバム(邦題)
2001年 I'm Just a Kid シンプル・プラン
2002年 I'd Do Anything シンプル・プラン
2003年 Addicted シンプル・プラン
2004年 Perfect シンプル・プラン
2004年 Welcome to My Life スティル・ノット・ゲッティング・エニイ
2004年 Shut Up! スティル・ノット・ゲッティング・エニイ
2005年 Untitled (How Could This Happen to Me) スティル・ノット・ゲッティング・エニイ
2005年 Crazy スティル・ノット・ゲッティング・エニイ
2006年 Perfect World スティル・ノット・ゲッティング・エニイ
2007年 When I'm Gone シンプル・プラン3
2008年 Your Love Is a Lie シンプル・プラン3
■コメント
今日初めてこのバンド聞いた
2つ目とかカッコイイネ
MONKEY MAJIK
2008年08月10日
MONKEY MAJIK(モンキー マジック)は、日本のポップ・ロックバンド。通称「モマジ」「もまじ」。
プロフィール
カナダ人のネイティブ英語と日本語が織りなす歌詞、そしてメロディーが話題を呼んでいる。ツイン・ボーカル、ツイン・ギターという編成も特徴的。テレビ、CM、映画などでのタイアップが目立つ。SMAPの42枚目のシングル「そのまま」を手がけたことで話題を呼ぶ。
カナダ人兄弟と日本人2人の混成バンドであるため、「ハイブリッド・バンド」と称されることもある。日加国交樹立80周年記念親善大使。メンバー全員が現在も宮城県仙台市在住。
マネージメントはエドワードリミテッドに所属。レーベルについては、スタジオ収録音源はインディーズ時代がUNDER HORSE RECORDS、メジャー・デビュー後がbinyl records(avex内レーベル)、ライブ収録音源はインディーズ・メジャー通じてUNDER HORSE RECORDS。
メンバー
Maynard Plant(メイナード・プラント):Vo.&G.
ソロ活動時は「blanc.」(ブラン。フランス語で「白」の意味)と名乗る。
カナダのオンタリオ州オタワ(首都)出身。1975年8月6日生まれ。クイーンズ大学卒(高円宮憲仁親王が留学した大学)。英語・フランス語・日本語、および、南部弁を話すことが出来る。カナダに居たときは趣味で作曲し、自室で演奏するにとどまっていた。ALT(外国語指導助手)として来日。バンド名の元になった「Monkey Magic」を歌うゴダイゴを「神」と称して尊敬している。また、UA、小田和正、スピッツをリスペクトしている[1]。ちなみに、父親もプロのミュージシャンで、ポール・アンカの前座を務めたこともある。なお、プラント兄弟は6人兄弟である。
Blaise Plant(ブレイズ・プラント):Vo.&G.
カナダ・オンタリオ州オタワ出身。1980年3月18日生まれ。本名はブレイズ・ジョゼフ・アンソニー・プラント。メイナードの弟。英語・フランス語・日本語を話すことが出来る。日本でのデビュー初期の頃は大抵英語で喋っており、よくメイナードが通訳をしていたが、現在は日本語で会話できる。普段の日本語は、周囲の仙台弁や兄の南部弁に影響されて訛ってきている。仙台ではアイスホッケーチームにも所属している。カナダでは、高校生のときからシンガー・ソングライターとしてクラブなどで演奏し、その後、幼稚園の先生をしながら音楽のプロ活動をし、一方で役者を目指していた。2007年秋に公式ブログを開設。2008年3月18日(自身の誕生日)より、ソロプロジェクト「The Alphabet Project」を始動し、同時にオフィシャルウェブサイトを開設。ソロプロジェクトの曲は、当面ダウンロード販売のみ。
tax(菊池拓哉):Dr.
宮城県仙台市出身。ほとんどの楽曲作成に携わっている。仙台でのライブでは「菊池」コールが涌く。歯科技工士として5年間働いた後、転職してサラリーマンになった。その頃、友達の紹介でメイナードと知り合う。ドラムの経験は中学校2年生から3年生の約2年間のみだったが、MONKEY MAJIKのドラマーになった[2]。
DICK:Ba.
北海道札幌市出身。1978年3月10日生まれ。HIDEKI DICK MORIというネームでSOUL ADDICTIONというソウル・ファンク音楽グループの一員としても活動[3]。また、PRIVATE KITCHENというジャズバンドにも在籍していた。仙台では著名なベーシストだったDICKをメイナード・ブレイズ・taxが国分町の飲み屋に呼び出し、周りを囲んでMONKEY MAJIK加入に合意するまで飲ませ、インディーズ2ndフルアルバム『eastview』リリース頃より漆坂脱退と入れ違いで加入。
バンド名
バンド名は、結成当時のバンドのドラマー(イギリス人)が名付けた。彼は幼少期に、イギリス国内で放送されていた「西遊記シリーズ」(日本テレビ。イギリス国内では「Monkey!」というタイトル)を見て大ファンとなっていたため、同ドラマの主題歌であるゴダイゴの「Monkey Magic」に因んで、バンド名を「MONKEY MAJIK」にした("majik" は "magic" の変綴り)。この縁故なのか、2006年放送の「西遊記」の主題歌に、2ndシングル「Around The World」が使用された。この曲の全国的なヒットによって一躍有名になった。
ちなみに、このイギリス人は今でも時々日本に遊びに来ており、その際はメイナードと会っている。メイナードに、「僕が付けたバンド名をまだ使っていてくれて嬉しい。僕の大好きな「西遊記」の主題歌を歌って、すごいし、うらやましい。」と言っていたとのこと。
シングル
発売日 タイトル
1st 2006年1月18日 fly ・最高順位19位
2nd 2006年2月22日 Around The World ・最高順位4位
3rd 2006年10月4日 フタリ ・最高順位15位
4th 2007年2月7日 Picture Perfect ・「Monkey Majik + m-flo」名義
・最高順位23位
5th 2007年3月14日 卒業、そして未来へ。 ・「Monkey Majik + SEAMO」名義
・最高順位24位
6th 2007年4月25日 Change ・「Monkey Majik + 吉田兄弟」名義
・最高順位52位
7th 2007年6月27日 MONKEY MAJIK×MONKEY MAGIC ・最高順位20位
・ジャケットは香取慎吾による描き下ろし
8th 2008年4月23日 Together/あかり/Fall Back ・最高順位11位
・トリプルA面シングル
9th 2008年6月25日 あいたくて/MORNING-EVENING/goin' places ・トリプルA面シングル
10th 2008年8月27日 ただ、ありがとう
プロフィール
カナダ人のネイティブ英語と日本語が織りなす歌詞、そしてメロディーが話題を呼んでいる。ツイン・ボーカル、ツイン・ギターという編成も特徴的。テレビ、CM、映画などでのタイアップが目立つ。SMAPの42枚目のシングル「そのまま」を手がけたことで話題を呼ぶ。
カナダ人兄弟と日本人2人の混成バンドであるため、「ハイブリッド・バンド」と称されることもある。日加国交樹立80周年記念親善大使。メンバー全員が現在も宮城県仙台市在住。
マネージメントはエドワードリミテッドに所属。レーベルについては、スタジオ収録音源はインディーズ時代がUNDER HORSE RECORDS、メジャー・デビュー後がbinyl records(avex内レーベル)、ライブ収録音源はインディーズ・メジャー通じてUNDER HORSE RECORDS。
メンバー
Maynard Plant(メイナード・プラント):Vo.&G.
ソロ活動時は「blanc.」(ブラン。フランス語で「白」の意味)と名乗る。
カナダのオンタリオ州オタワ(首都)出身。1975年8月6日生まれ。クイーンズ大学卒(高円宮憲仁親王が留学した大学)。英語・フランス語・日本語、および、南部弁を話すことが出来る。カナダに居たときは趣味で作曲し、自室で演奏するにとどまっていた。ALT(外国語指導助手)として来日。バンド名の元になった「Monkey Magic」を歌うゴダイゴを「神」と称して尊敬している。また、UA、小田和正、スピッツをリスペクトしている[1]。ちなみに、父親もプロのミュージシャンで、ポール・アンカの前座を務めたこともある。なお、プラント兄弟は6人兄弟である。
Blaise Plant(ブレイズ・プラント):Vo.&G.
カナダ・オンタリオ州オタワ出身。1980年3月18日生まれ。本名はブレイズ・ジョゼフ・アンソニー・プラント。メイナードの弟。英語・フランス語・日本語を話すことが出来る。日本でのデビュー初期の頃は大抵英語で喋っており、よくメイナードが通訳をしていたが、現在は日本語で会話できる。普段の日本語は、周囲の仙台弁や兄の南部弁に影響されて訛ってきている。仙台ではアイスホッケーチームにも所属している。カナダでは、高校生のときからシンガー・ソングライターとしてクラブなどで演奏し、その後、幼稚園の先生をしながら音楽のプロ活動をし、一方で役者を目指していた。2007年秋に公式ブログを開設。2008年3月18日(自身の誕生日)より、ソロプロジェクト「The Alphabet Project」を始動し、同時にオフィシャルウェブサイトを開設。ソロプロジェクトの曲は、当面ダウンロード販売のみ。
tax(菊池拓哉):Dr.
宮城県仙台市出身。ほとんどの楽曲作成に携わっている。仙台でのライブでは「菊池」コールが涌く。歯科技工士として5年間働いた後、転職してサラリーマンになった。その頃、友達の紹介でメイナードと知り合う。ドラムの経験は中学校2年生から3年生の約2年間のみだったが、MONKEY MAJIKのドラマーになった[2]。
DICK:Ba.
北海道札幌市出身。1978年3月10日生まれ。HIDEKI DICK MORIというネームでSOUL ADDICTIONというソウル・ファンク音楽グループの一員としても活動[3]。また、PRIVATE KITCHENというジャズバンドにも在籍していた。仙台では著名なベーシストだったDICKをメイナード・ブレイズ・taxが国分町の飲み屋に呼び出し、周りを囲んでMONKEY MAJIK加入に合意するまで飲ませ、インディーズ2ndフルアルバム『eastview』リリース頃より漆坂脱退と入れ違いで加入。
バンド名
バンド名は、結成当時のバンドのドラマー(イギリス人)が名付けた。彼は幼少期に、イギリス国内で放送されていた「西遊記シリーズ」(日本テレビ。イギリス国内では「Monkey!」というタイトル)を見て大ファンとなっていたため、同ドラマの主題歌であるゴダイゴの「Monkey Magic」に因んで、バンド名を「MONKEY MAJIK」にした("majik" は "magic" の変綴り)。この縁故なのか、2006年放送の「西遊記」の主題歌に、2ndシングル「Around The World」が使用された。この曲の全国的なヒットによって一躍有名になった。
ちなみに、このイギリス人は今でも時々日本に遊びに来ており、その際はメイナードと会っている。メイナードに、「僕が付けたバンド名をまだ使っていてくれて嬉しい。僕の大好きな「西遊記」の主題歌を歌って、すごいし、うらやましい。」と言っていたとのこと。
シングル
発売日 タイトル
1st 2006年1月18日 fly ・最高順位19位
2nd 2006年2月22日 Around The World ・最高順位4位
3rd 2006年10月4日 フタリ ・最高順位15位
4th 2007年2月7日 Picture Perfect ・「Monkey Majik + m-flo」名義
・最高順位23位
5th 2007年3月14日 卒業、そして未来へ。 ・「Monkey Majik + SEAMO」名義
・最高順位24位
6th 2007年4月25日 Change ・「Monkey Majik + 吉田兄弟」名義
・最高順位52位
7th 2007年6月27日 MONKEY MAJIK×MONKEY MAGIC ・最高順位20位
・ジャケットは香取慎吾による描き下ろし
8th 2008年4月23日 Together/あかり/Fall Back ・最高順位11位
・トリプルA面シングル
9th 2008年6月25日 あいたくて/MORNING-EVENING/goin' places ・トリプルA面シングル
10th 2008年8月27日 ただ、ありがとう
RIP SLYME(リップスライム)
2008年07月30日
RIP SLYME(リップスライム)は、4MC+1DJで構成される日本のヒップホップグループ。所属事務所は田辺エージェンシー。所属レコード会社はワーナーミュージック・ジャパン。FUNKY GRAMMAR UNITの一員。
現メンバー
RYO-Z(リョージ、1974年7月15日 - )本名:成田 亮治(なりた りょうじ)
東京都出身。MC担当。初期メンバーの1人。別名、Zeek。
ライヴの時は極端に声が高くなることが多い。
ILMARI(イルマリ、1975年6月17日 - )本名:荻原 イルマリ 恵介(おぎはら いるまり けいすけ)
フィンランド・ヘルシンキ出身。MC担当。初期メンバーの1人。
steady&co.や、ILMARI salyuとしても曲を出している。
PES(ペス、1976年12月27日 - )本名:千葉 昌嗣(ちば まさつぐ)
東京都出身。MC担当。初期メンバーの1人。別名、PESSY(ペスィー)、PSY(ピーエスワイ)、アダム、ラストエンペラー。
optimystikのディレクター
SU(スー、1973年11月20日 - )本名:大槻 一人(おおつき かずと)
神奈川県藤沢市辻堂出身。O型。MC担当。名前の由来は、本名の「一人」を縦書きで書いたものを「ス」と読み違えられたことから。
RIP SLYME加入前にはFUMIYAの兄などと共にMELLOW DOWNというダンスグループを結成しており、EAST ENDのバックダンサーを務めていた。EAST END×YURIがNHK紅白歌合戦に出場した際、バックでダンスを披露していた。
「スーマン」という名前のチワワを飼っている。「STEPPER'S DELIGHT」のPVと「ONE」のCD盤に登場している。
MELLOW DOWN名義でOZROSAURUSやFUSION COREとの共演経験もある。
2008年3月12日発売のELLE girl4月号より、“Dr.SU's LOVE CLINIC”という連載企画をスタートさせる。
2008年4月7日よりフジテレビのバラエティ番組「〜ジョーデキ!POP COMPANY〜POP屋」に本名名義でレギュラー出演。
DJ FUMIYA(フミヤ、1979年3月14日 - )本名:竹内 文也(たけうち ふみや)
神奈川県藤沢市辻堂出身。A型。DJ担当。
兄TAKE(SMAPの中居正広の親友)がEAST ENDのバックダンサーをしていたことがきっかけでDJを志す。EAST ENDのDJ YOGGYの弟子。SPEED、DA PUMP等のツアーDJを経験、押尾学率いるLIVとはインディーズ時代からの知り合いで、音楽活動にも参加したこともある。また、数多くのアーティストの楽曲提供やREMIXを手がけている。
2004年9月23日に「JOINT」にコーラスで参加していた女性と結婚。
2005年6月16日から自律神経失調症の療養のため一時休養、沖縄で療養をしていたが、2006年10月13日のミュージックステーションでテレビ復帰。
ブロウの女声コーラスは彼の妻である。
結成
1994年8月、RYO-Z, ILMARI, PES, DJ SHOJI, DJ Shigeの3MC+2DJにて結成。グループ名の由来は、初期メンバーであるRYO-Z, ILMARI, PESの頭文字を取り、それに当時流行していた玩具「スライム (SLIME)」の綴りを変えた"SLYME"を組み合わせた物。元々はギビニバンコ、トゥエンティ・フォー・セブンという名義でも活躍していた。
同年12月、「YOUNG MCS IN TOWN 新人ラッパーコンテスト」で優勝。
インディーズ時代
1995年、アルバム『Lip's Rhyme』でデビュー。
1996年、DJ SHOJI, DJ Shigeが脱退。DJが不在になる。
1997年、DJ FUMIYAが加入。3MC+1DJの形態になる
1998年、アルバム「Talkin' Cheap」を発売。
同アルバムに収録されている曲"Searchin'"でのコラボレーションを切っ掛けにSUが加入。現在の4MC+1DJの形態となる。
1999年、Dragon Ash主催のTMC (Total Music Communication)ツアーに誘われ参加。それがきっかけで「田辺エージェンシー」から声を掛けられ、所属した(TMCには2000年も引き続き参加した)。
■コメント
どれも重くてすいません。
現メンバー
RYO-Z(リョージ、1974年7月15日 - )本名:成田 亮治(なりた りょうじ)
東京都出身。MC担当。初期メンバーの1人。別名、Zeek。
ライヴの時は極端に声が高くなることが多い。
ILMARI(イルマリ、1975年6月17日 - )本名:荻原 イルマリ 恵介(おぎはら いるまり けいすけ)
フィンランド・ヘルシンキ出身。MC担当。初期メンバーの1人。
steady&co.や、ILMARI salyuとしても曲を出している。
PES(ペス、1976年12月27日 - )本名:千葉 昌嗣(ちば まさつぐ)
東京都出身。MC担当。初期メンバーの1人。別名、PESSY(ペスィー)、PSY(ピーエスワイ)、アダム、ラストエンペラー。
optimystikのディレクター
SU(スー、1973年11月20日 - )本名:大槻 一人(おおつき かずと)
神奈川県藤沢市辻堂出身。O型。MC担当。名前の由来は、本名の「一人」を縦書きで書いたものを「ス」と読み違えられたことから。
RIP SLYME加入前にはFUMIYAの兄などと共にMELLOW DOWNというダンスグループを結成しており、EAST ENDのバックダンサーを務めていた。EAST END×YURIがNHK紅白歌合戦に出場した際、バックでダンスを披露していた。
「スーマン」という名前のチワワを飼っている。「STEPPER'S DELIGHT」のPVと「ONE」のCD盤に登場している。
MELLOW DOWN名義でOZROSAURUSやFUSION COREとの共演経験もある。
2008年3月12日発売のELLE girl4月号より、“Dr.SU's LOVE CLINIC”という連載企画をスタートさせる。
2008年4月7日よりフジテレビのバラエティ番組「〜ジョーデキ!POP COMPANY〜POP屋」に本名名義でレギュラー出演。
DJ FUMIYA(フミヤ、1979年3月14日 - )本名:竹内 文也(たけうち ふみや)
神奈川県藤沢市辻堂出身。A型。DJ担当。
兄TAKE(SMAPの中居正広の親友)がEAST ENDのバックダンサーをしていたことがきっかけでDJを志す。EAST ENDのDJ YOGGYの弟子。SPEED、DA PUMP等のツアーDJを経験、押尾学率いるLIVとはインディーズ時代からの知り合いで、音楽活動にも参加したこともある。また、数多くのアーティストの楽曲提供やREMIXを手がけている。
2004年9月23日に「JOINT」にコーラスで参加していた女性と結婚。
2005年6月16日から自律神経失調症の療養のため一時休養、沖縄で療養をしていたが、2006年10月13日のミュージックステーションでテレビ復帰。
ブロウの女声コーラスは彼の妻である。
結成
1994年8月、RYO-Z, ILMARI, PES, DJ SHOJI, DJ Shigeの3MC+2DJにて結成。グループ名の由来は、初期メンバーであるRYO-Z, ILMARI, PESの頭文字を取り、それに当時流行していた玩具「スライム (SLIME)」の綴りを変えた"SLYME"を組み合わせた物。元々はギビニバンコ、トゥエンティ・フォー・セブンという名義でも活躍していた。
同年12月、「YOUNG MCS IN TOWN 新人ラッパーコンテスト」で優勝。
インディーズ時代
1995年、アルバム『Lip's Rhyme』でデビュー。
1996年、DJ SHOJI, DJ Shigeが脱退。DJが不在になる。
1997年、DJ FUMIYAが加入。3MC+1DJの形態になる
1998年、アルバム「Talkin' Cheap」を発売。
同アルバムに収録されている曲"Searchin'"でのコラボレーションを切っ掛けにSUが加入。現在の4MC+1DJの形態となる。
1999年、Dragon Ash主催のTMC (Total Music Communication)ツアーに誘われ参加。それがきっかけで「田辺エージェンシー」から声を掛けられ、所属した(TMCには2000年も引き続き参加した)。
■コメント
どれも重くてすいません。
MAROON5
2008年07月21日
マルーン5 (Maroon 5)は、アメリカのロック・バンド。
メンバー
アダム・レヴィーン (Adam Levine) - (Vocals, Guitar)
テニスプレイヤーであるマリア・シャラポワと交際していた時期がある、と一部で報道されたが公式に否定されている。また、パリス・ヒルトンとも噂されたことがある。
ジェイムス・バレンタイン (James Valentine) - (Guitar)
ジェシー・カーマイケル (Jesse Carmichael) - (Keyboards)
ミッキー・マデン (Mickey Madden) - (Bass)
マット・フリン (Matt Flynn) - (Drums)
元メンバー
ライアン・デューシック (Ryan Dusick) - (Drums)
2004年頃から、肩の怪我が悪化したためツアーにも参加していなかった。2006年夏に脱退を発表。後任は、彼がいない間サポートドラマーだったマット・フリンが務める。今後はソングライティングやプロデュースの道に進む。
ヒストリー
カリフォルニア州ロサンゼルス出身でハイスクール仲間のアダム、ジェシー、ミッキーが1997年結成したカラズフラワーズがその前身である。その後、進学の関係で解散するが、他のメンバー2人を加え、マルーン5を結成。2002年発表のデビューアルバム『Songs about Jane』が世界中でゴールド、プラチナム、トリプルプラチナムを達成し、2005年第47回グラミー賞で最優秀新人賞を受賞。さらに2005年5月13日サンタ・バーバラで収録したライブアルバムの『Live - Friday The 13th』が、2006年第48回グラミー賞でベスト・パフォーマンス・グループ賞を受賞。
アルバム
Songs about Jane (2002年)
1.22.03.Acoustic (2004年)
Live - Friday The 13th (2005年)
It Won't Be Soon Before Long (2007年)
このほかにもオムニバス等のアルバムにカヴァーされて収録されていることも少なくない。
車のCMで流れてた曲
メンバー
アダム・レヴィーン (Adam Levine) - (Vocals, Guitar)
テニスプレイヤーであるマリア・シャラポワと交際していた時期がある、と一部で報道されたが公式に否定されている。また、パリス・ヒルトンとも噂されたことがある。
ジェイムス・バレンタイン (James Valentine) - (Guitar)
ジェシー・カーマイケル (Jesse Carmichael) - (Keyboards)
ミッキー・マデン (Mickey Madden) - (Bass)
マット・フリン (Matt Flynn) - (Drums)
元メンバー
ライアン・デューシック (Ryan Dusick) - (Drums)
2004年頃から、肩の怪我が悪化したためツアーにも参加していなかった。2006年夏に脱退を発表。後任は、彼がいない間サポートドラマーだったマット・フリンが務める。今後はソングライティングやプロデュースの道に進む。
ヒストリー
カリフォルニア州ロサンゼルス出身でハイスクール仲間のアダム、ジェシー、ミッキーが1997年結成したカラズフラワーズがその前身である。その後、進学の関係で解散するが、他のメンバー2人を加え、マルーン5を結成。2002年発表のデビューアルバム『Songs about Jane』が世界中でゴールド、プラチナム、トリプルプラチナムを達成し、2005年第47回グラミー賞で最優秀新人賞を受賞。さらに2005年5月13日サンタ・バーバラで収録したライブアルバムの『Live - Friday The 13th』が、2006年第48回グラミー賞でベスト・パフォーマンス・グループ賞を受賞。
アルバム
Songs about Jane (2002年)
1.22.03.Acoustic (2004年)
Live - Friday The 13th (2005年)
It Won't Be Soon Before Long (2007年)
このほかにもオムニバス等のアルバムにカヴァーされて収録されていることも少なくない。
車のCMで流れてた曲
アヴリル・ラヴィーン
2008年07月13日
アヴリル・ラモーナ・ラヴィーン・ウィブリー(Avril Ramona Lavigne Whibley、1984年9月27日 - )は、カナダ・オンタリオ州の出身のアイドル兼ロックシンガーソングライター、ファッションモデル、声優、女優である。「アブリル・ラビーン」と表記される事もある。人物
趣味はスケートボード(14歳の頃から)、ホッケー、狩り、キャンプ。また、野球ファンである。
身長は公称158cm。ただし実際には公称より低いと言われている。(156cmのクリスティーナ・アギレラと双方靴の無い状態で並んだところ、アブリルのほうが低いという状況が見られている)
好きなアーティストは、ロストプロフェッツ、グー・グー・ドールズ 、Sum 41、ブリンク 182、インキュバス、システム・オブ・ア・ダウン、P.O.D.、マッチボックス・トゥエンティ 、アラニス・モリセット、グリーン・デイ、リンキン・パーク。音楽のジャンルはロック。
好きな男性のタイプは尖った感じのあるスケーターやパンクロッカー。
ベジタリアンとしても知られている。好きな食べ物はピザ、得意な料理はパスタ類。
「アヴリル」とはフランス語で4月の意味。4月生まれでは無いが、英語で4月を意味する「エイプリル」と同様、女性(ごく稀に男性)の名前として使われる言葉である。苗字は通常英語化されたラヴィーンという読みが用いられるが、フランス語ではラヴィーニュとなる。
パパラッチが大嫌いである。2006年10月にナイトクラブから出てきて写真を撮るパパラッチに夫婦揃って、唾をかけた。この行動は問題となり、後にアヴリルはパパラッチに謝罪の言葉を述べたが、その後「2年前からやっていることなのに、あの時だけ大事件になった」と発言した。「パパラッチは人間のクズ。」とも言うほどパパラッチを嫌っている。
エピソード
パンク・ロックの持つ危険さ・攻撃性と、ポップスの持つ聴きやすさ・親しみやすさを併せ持つ独自のメロディー、個性的な歌声と存在感、美貌で人気を得ている。また、落ち着いた感じの曲も出している。
近年、女性ロック歌手が少なかったため特に異彩を放つ。2001年にミシェル・ブランチがブレイクしたことをきっかけに女性ロックが注目されたことで、その波に乗るかたちで一気に人気に火がついたのが要因である。そして、既にして、シェリル・クロウ、アラニス・モリセット以来の大型女性ロック歌手と位置付けられている。
アルバム第一作『Let Go』は、全世界で2000万枚、日本で200万枚のベストセラーになる。世界各国での評価も高く、2003年のグラミー賞の最優秀新人賞の有力候補と目されたが、ノラ・ジョーンズに敗れた。
なおアヴリルは、イギリスのロックバンド、ザ・ダークネスについて「ダークネスは私が一緒にレコーディングしたい世界で唯一のバンドです」と公言している。
2004年に行われ自身も参加したロック・フェスティバル、Rock Am Ringの映像でリンキン・パークの演奏をステージ横で観覧している様子が映っている。
2007年の新曲「Girlfriend」のPVではダンス・演技(二役)・バンド演奏と今までに見たことが無い姿が見ることができる。またこの曲はドイツ語、フランス語、イタリア語、中国語、ポルトガル語、英語、スペイン語さらには日本語も含めた8カ国語版もレコーディングされており、レコーディングに悪戦苦闘しながらも着々とこなしている模様がExclusiveコンサートの曲の合間に放送された。[6] この曲の英語、日本語、スペイン語、中国語版はレースゲーム「バーンアウト ドミネーター」に収録されている。
アルバム「ベスト・ダム・シング」の製作にあわせてピンク色のエクステをしている。
身長が低めなので日本のファッションは自分の体型に合っていると好んでいる。(小太りのため更に低く見られがちだが、公称身長(158cm)を事実であるとするならば、同年代ではクリスティーナ・アギレラやニコール・リッチーやヒラリー・ダフなどよりは高く、ジェシカ・シンプソンとほぼ同じ高さである)
来日した際にやってみたいことは富士山登山だと明かした。
Make 5 Wishes.という日本スタイルの漫画のプロデュースを行っている。
「ベスト・ダム・シング」には、ドラマーとしてトラヴィス・バーカー(ブリンク 182)、ジョシュ・フリース(ロストプロフェッツのアルバムにも参加)、スティーヴ・ジョクス(SUM 41)が参加している。また、夫デリック・ウィブリーもアルバムの作製に全面的に協力しており、アルバム内の3曲にギターで参加している。ジャケットやブックレットの写真もデリックが撮影したという。
BUMP OF CHICKEN
2008年07月09日
BUMP OF CHICKEN(バンプ・オブ・チキン)は、日本のバンド。トイズファクトリー所属。略称は「バンプ」などが用いられる(雑誌などでは頭文字を取って「BOC」と表記されることもある)。
バンド名はメンバーいわく「弱者の反撃」「臆病者の一撃」を意味するというが、ハワイ英語で「Chicken Bumps」は「鳥肌」を意味するため、意味を間違えて取られることがある。(一般的な英語での「鳥肌」は、「Goose Bumps」。)Bump of Chickenを直訳するとしたら「臆病者の衝突」や「臆病者の衝撃」となる。
メンバー
全員が1979年生まれで日本の千葉県佐倉市出身(藤原のみ秋田県生まれの佐倉市育ち。他の3人は佐倉市生まれの佐倉市育ち)。また、「メンバーは皆平等」とのことから、リーダーを決めていない。
藤原基央(ふじわら もとお)(ボーカル、ギター、作詞・作曲)
増川弘明(ますかわ ひろあき)(ギター)
直井由文(なおい よしふみ)(ベース)
升秀夫(ます ひでお)(ドラムス)
来歴
デビュー前
四人は幼稚園からの顔なじみ(しかし幼稚園時代、藤原・直井・増川は升の事を知らなかった[要出典])であり、その内、直井・升・増川の三人は同じ臼井小学校に通う。そして全員が同じ佐倉市立臼井西中学校へ行き、再会する。全員がバスケットボール部に所属していたが万年補欠だったため、よく「体育館倉庫を真っ暗にして閉じこもる遊び(暗闇ごっこ)」をするなどして親交を深めた。
1994年中学3年生の時、学校の文化祭へ向けてバンドを結成(当時のバンド名は“ハゲバンド”)。「ツイスト・アンド・シャウト」や「スタンド・バイ・ミー」等をコピーした。結成当初、増川はギターを弾きたいと思っていたが、幕の上げ下ろしなどスタッフ的な役割が主で、ギター担当は別にもう一人のメンバー(通称:“あいつ”)がいた。
1995年には、オリジナル曲を持って次々と各地の大会へ出場する。同年秋には藤原が高校を中退し、本格的に音楽活動へのめり込むようになっていた。藤原初の単独での作詞・作曲となったオリジナル曲「DANNY」(後に隠しトラックの形で収録)や、「BUMP OF CHICKEN」などもこの頃に完成する。ところが、メンバーの“あいつ”はやる気があまりなかったらしく次第に真面目に練習しなくなったため、チームワークの乱れに不安を覚えたメンバーが“あいつ”に内緒で増川と四人で大会に出たところ健闘。結果、“あいつ”はバンドを離れることとなり、増川が正式にギター担当としてバンドへ迎え入れられた。1996年春のことである。
その夏にはBeat Brust in Japan に「ガラスのブルース」(のちのアルバム『FLAME VEIN』収録曲)でエントリー、全国大会でグランプリを獲得。その後、都内でのライブ、千葉県内ツアーを経験したのちに初の音源となる「BUMP OF CHICKEN(のテーマ)」「DANNY」「ガラスのブルース」等を収録したデモテープの製作・配布を開始。大学受験のための一時活動休止期間を経て、1998年6月には劇団「すいっち」公演のミュージカル「はしるおんな」に生バンド役としてメンバーが出演。藤原も6曲ほど公演のために書き下ろす([1]藤原曰く、最初の「MOTOO FUJIWARA名義での活動」はこれである、とのこと)。1998年10月24日には500枚限定CDを発売、一ヶ月で完売する。
ファン層
オリコンが2006年に行った調査「06'好きなアーティストランキング」では、総合では10位以内に入っていないものの、世代別の10 代に於いて第2位(10代男性は1位、10代女性は5位)を獲得しており、10代男性のファンが多い。[7]
アーティストからの支持としては、特にMr.Childrenの桜井和寿とコブクロの小渕健太郎が彼らのファンを公言している。桜井はプライベートでは驚く程音楽を聴かないがBUMP(とスガシカオと尾崎豊)だけは熱心に聴いたり歌ったりする。またカラオケに行ったらよく彼らの曲を歌い(2007年11号papyrus、2007年3月Music Loversにて発言)、コブクロの小渕は2004年に『ユグドラシル』が発売してからずっと聞いており、What's In?誌2008年2月号での「最近よく聴くアーティストは?」という質問にBUMP OF CHICKENを挙げ、さらに「ずっと聴いている」と述べている。その他スピッツの草野マサムネは、「カッコイイ、(自分が若ければ)絶対好きになってた」と発言(2007年10月ROCK'IN ON JAPAN誌にて)。またRADWIMPS(特に野田洋次郎と桑原彰)のメンバーもファンであるとbridgeの2007年2月号で語る。
シングル
LAMP(1999年11月25日)
ダイヤモンド(2000年9月20日)
天体観測(2001年3月14日)
ハルジオン(2001年10月17日)
スノースマイル(2002年12月18日)
ロストマン/sailing day(2003年3月12日)
アルエ(2004年3月31日)
オンリー ロンリー グローリー(2004年7月7日)
車輪の唄(2004年12月1日)
プラネタリウム(2005年7月21日)
supernova/カルマ(2005年11月23日)
涙のふるさと(2006年11月22日)
花の名(2007年10月24日)
メーデー(2007年10月24日)
アルバム
FLAME VEIN(1999年3月18日)
THE LIVING DEAD(2000年3月25日)
jupiter(2002年2月20日)
FLAME VEIN[+1](2004年4月28日)※リマスタリング盤
THE LIVING DEAD(2004年4月28日)※リマスタリング盤
ユグドラシル(2004年8月25日)
orbital period(2007年12月19日)
バンド名はメンバーいわく「弱者の反撃」「臆病者の一撃」を意味するというが、ハワイ英語で「Chicken Bumps」は「鳥肌」を意味するため、意味を間違えて取られることがある。(一般的な英語での「鳥肌」は、「Goose Bumps」。)Bump of Chickenを直訳するとしたら「臆病者の衝突」や「臆病者の衝撃」となる。
メンバー
全員が1979年生まれで日本の千葉県佐倉市出身(藤原のみ秋田県生まれの佐倉市育ち。他の3人は佐倉市生まれの佐倉市育ち)。また、「メンバーは皆平等」とのことから、リーダーを決めていない。
藤原基央(ふじわら もとお)(ボーカル、ギター、作詞・作曲)
増川弘明(ますかわ ひろあき)(ギター)
直井由文(なおい よしふみ)(ベース)
升秀夫(ます ひでお)(ドラムス)
来歴
デビュー前
四人は幼稚園からの顔なじみ(しかし幼稚園時代、藤原・直井・増川は升の事を知らなかった[要出典])であり、その内、直井・升・増川の三人は同じ臼井小学校に通う。そして全員が同じ佐倉市立臼井西中学校へ行き、再会する。全員がバスケットボール部に所属していたが万年補欠だったため、よく「体育館倉庫を真っ暗にして閉じこもる遊び(暗闇ごっこ)」をするなどして親交を深めた。
1994年中学3年生の時、学校の文化祭へ向けてバンドを結成(当時のバンド名は“ハゲバンド”)。「ツイスト・アンド・シャウト」や「スタンド・バイ・ミー」等をコピーした。結成当初、増川はギターを弾きたいと思っていたが、幕の上げ下ろしなどスタッフ的な役割が主で、ギター担当は別にもう一人のメンバー(通称:“あいつ”)がいた。
1995年には、オリジナル曲を持って次々と各地の大会へ出場する。同年秋には藤原が高校を中退し、本格的に音楽活動へのめり込むようになっていた。藤原初の単独での作詞・作曲となったオリジナル曲「DANNY」(後に隠しトラックの形で収録)や、「BUMP OF CHICKEN」などもこの頃に完成する。ところが、メンバーの“あいつ”はやる気があまりなかったらしく次第に真面目に練習しなくなったため、チームワークの乱れに不安を覚えたメンバーが“あいつ”に内緒で増川と四人で大会に出たところ健闘。結果、“あいつ”はバンドを離れることとなり、増川が正式にギター担当としてバンドへ迎え入れられた。1996年春のことである。
その夏にはBeat Brust in Japan に「ガラスのブルース」(のちのアルバム『FLAME VEIN』収録曲)でエントリー、全国大会でグランプリを獲得。その後、都内でのライブ、千葉県内ツアーを経験したのちに初の音源となる「BUMP OF CHICKEN(のテーマ)」「DANNY」「ガラスのブルース」等を収録したデモテープの製作・配布を開始。大学受験のための一時活動休止期間を経て、1998年6月には劇団「すいっち」公演のミュージカル「はしるおんな」に生バンド役としてメンバーが出演。藤原も6曲ほど公演のために書き下ろす([1]藤原曰く、最初の「MOTOO FUJIWARA名義での活動」はこれである、とのこと)。1998年10月24日には500枚限定CDを発売、一ヶ月で完売する。
ファン層
オリコンが2006年に行った調査「06'好きなアーティストランキング」では、総合では10位以内に入っていないものの、世代別の10 代に於いて第2位(10代男性は1位、10代女性は5位)を獲得しており、10代男性のファンが多い。[7]
アーティストからの支持としては、特にMr.Childrenの桜井和寿とコブクロの小渕健太郎が彼らのファンを公言している。桜井はプライベートでは驚く程音楽を聴かないがBUMP(とスガシカオと尾崎豊)だけは熱心に聴いたり歌ったりする。またカラオケに行ったらよく彼らの曲を歌い(2007年11号papyrus、2007年3月Music Loversにて発言)、コブクロの小渕は2004年に『ユグドラシル』が発売してからずっと聞いており、What's In?誌2008年2月号での「最近よく聴くアーティストは?」という質問にBUMP OF CHICKENを挙げ、さらに「ずっと聴いている」と述べている。その他スピッツの草野マサムネは、「カッコイイ、(自分が若ければ)絶対好きになってた」と発言(2007年10月ROCK'IN ON JAPAN誌にて)。またRADWIMPS(特に野田洋次郎と桑原彰)のメンバーもファンであるとbridgeの2007年2月号で語る。
シングル
LAMP(1999年11月25日)
ダイヤモンド(2000年9月20日)
天体観測(2001年3月14日)
ハルジオン(2001年10月17日)
スノースマイル(2002年12月18日)
ロストマン/sailing day(2003年3月12日)
アルエ(2004年3月31日)
オンリー ロンリー グローリー(2004年7月7日)
車輪の唄(2004年12月1日)
プラネタリウム(2005年7月21日)
supernova/カルマ(2005年11月23日)
涙のふるさと(2006年11月22日)
花の名(2007年10月24日)
メーデー(2007年10月24日)
アルバム
FLAME VEIN(1999年3月18日)
THE LIVING DEAD(2000年3月25日)
jupiter(2002年2月20日)
FLAME VEIN[+1](2004年4月28日)※リマスタリング盤
THE LIVING DEAD(2004年4月28日)※リマスタリング盤
ユグドラシル(2004年8月25日)
orbital period(2007年12月19日)
ストレイテナー
2008年07月09日
ストレイテナー(STRAIGHTENER)は、1998年に結成された日本のロックバンド。ghost records(自主レーベル)、AWAKE SOUNDS(EMIミュージック・ジャパン)所属。略称は「テナー」。
概要
パワー・トリオというシンプルな編成ながら、厚みのある音を鳴らすバンドである。あまりMCをせず黙々と繰り広げられるストイックなライブは評価が高い。MCをあまりしない理由にはホリエが喋っているうちに他のメンバー2人の温度が下がってしまうからということがある。ちなみにライブ時、ベースアンプの裏にノリのよさげなスタッフ(通称:トミー)が一人いるが、それはプレイ中の日向にアメを供給したり、ナカヤマが客席へダイブした時のドラム演奏を引き継ぐ、といった役割を持っていると思われる。また、演奏中の日向に代わり日向のエフェクターの操作も行っている。
CD録音では泣きメロを中心としたキャッチーな歌メロと、ディストーションギターと歪んだベース、音圧重視のドラムの音作りと、英語や「ガーゴイル」「堕天使」などの単語を使った小説のような歌詞が異質な世界を作り出している。 しかし、彼らはゆったりとした楽曲も得意としており(彼らの楽曲にはアコースティックギターも多用される)、最近の楽曲にはシンセサイザーなども導入するなどしてさらに幅を広げている。
バンド名は、「心の歪みを音楽で真っ直ぐにしよう」という彼らのコンセプトを表している。「真っ直ぐにする人」という意味で「真っ直ぐな人」ではない。本人たち曰く、「レ」の部分にアクセントを置いて発音するのが正しい(実際、英語でのアクセントも「レ」である)。対して、レコード会社は「テ」の部分にアクセントを置いて発音するのが正しいとしている。DJのやまだひさしは「ナ」にアクセントを置く(もちろん悪ふざけ)。ちなみに、本人たちのまっすぐにしたいものは「自分たちの根性」らしい。
来歴
1998年 ホリエとナカヤマの2人でストレイテナーを結成、始動する。
2000年 LD&K Recordsより『戦士の屍のマーチ』でインディーズデビュー。
2002年 自主レーベルghost records設立。
2003年 東芝EMI(EMIミュージック・ジャパン)より『TRAVELING GARGOYLE』でメジャーデビュー。
2004年 日向がサポートメンバーとして参加、のち正式加入。
2006年 シングル『Melodic Storm』がヒットし、念願のフジロック出演を果たす。
2007年 シングル『SIX DAY WONDER』でオリコンウィークリーチャート初登場8位を獲得。その後ミュージックステーションやトップランナーなどの番組に出演、知名度が一気に上がる。
概要
パワー・トリオというシンプルな編成ながら、厚みのある音を鳴らすバンドである。あまりMCをせず黙々と繰り広げられるストイックなライブは評価が高い。MCをあまりしない理由にはホリエが喋っているうちに他のメンバー2人の温度が下がってしまうからということがある。ちなみにライブ時、ベースアンプの裏にノリのよさげなスタッフ(通称:トミー)が一人いるが、それはプレイ中の日向にアメを供給したり、ナカヤマが客席へダイブした時のドラム演奏を引き継ぐ、といった役割を持っていると思われる。また、演奏中の日向に代わり日向のエフェクターの操作も行っている。
CD録音では泣きメロを中心としたキャッチーな歌メロと、ディストーションギターと歪んだベース、音圧重視のドラムの音作りと、英語や「ガーゴイル」「堕天使」などの単語を使った小説のような歌詞が異質な世界を作り出している。 しかし、彼らはゆったりとした楽曲も得意としており(彼らの楽曲にはアコースティックギターも多用される)、最近の楽曲にはシンセサイザーなども導入するなどしてさらに幅を広げている。
バンド名は、「心の歪みを音楽で真っ直ぐにしよう」という彼らのコンセプトを表している。「真っ直ぐにする人」という意味で「真っ直ぐな人」ではない。本人たち曰く、「レ」の部分にアクセントを置いて発音するのが正しい(実際、英語でのアクセントも「レ」である)。対して、レコード会社は「テ」の部分にアクセントを置いて発音するのが正しいとしている。DJのやまだひさしは「ナ」にアクセントを置く(もちろん悪ふざけ)。ちなみに、本人たちのまっすぐにしたいものは「自分たちの根性」らしい。
来歴
1998年 ホリエとナカヤマの2人でストレイテナーを結成、始動する。
2000年 LD&K Recordsより『戦士の屍のマーチ』でインディーズデビュー。
2002年 自主レーベルghost records設立。
2003年 東芝EMI(EMIミュージック・ジャパン)より『TRAVELING GARGOYLE』でメジャーデビュー。
2004年 日向がサポートメンバーとして参加、のち正式加入。
2006年 シングル『Melodic Storm』がヒットし、念願のフジロック出演を果たす。
2007年 シングル『SIX DAY WONDER』でオリコンウィークリーチャート初登場8位を獲得。その後ミュージックステーションやトップランナーなどの番組に出演、知名度が一気に上がる。
エミネム
2008年07月03日
Eminem(エミネム、本名:マーシャル・ブルース・マザーズ3世、Marshall Bruce Mathers III、1972年10月17日 - )は、アメリカ合衆国のヒップホップMC、プロデューサー、俳優。1990年代最も成功したラッパーと言われている。
自身は「スリム・シェイディ(Slim Shady)」という道化師の別人格が存在するとし、スリムあるいはシェイディという名前が歌詞にも頻繁に登場する。エミネムというステージネームは、本名のイニシャル「M&M」を早口にしたという説や、自分の中に複数の人格があるという「Men In Me」を反対から読んだものが変化したという説などがあるが、エミネムの別人格であるスリム・シェイディのコンセプトを思いついた1997年以前から自身をエミネムと名乗っており、また初期にM&Mの名で活動していたことから、前者の「M&Mが変化してEminemとなった」とする説が有力である。
来歴
アメリカ合衆国ミズーリ州セントジョセフ生まれ。幼い頃から極貧の環境に育ち、12歳の時までカンザスシティとデトロイトを母親と共に2、3ヶ月ごとに転々と過ごす。友達もできず、いじめられ、自殺未遂も経験する。悪環境の中、自然とアフリカ系アメリカ人層やヒップホップに親しむようになる。14歳ごろから本格的にMCとして活動しはじめ、黒人優位のヒップホップ界において、白人ながらいくつものMCバトル・コンテストに挑戦する。
1997年自主制作テープ「ザ・スリム・シェイディ EP(The Slim Shady EP)」が2万枚の売り上げを記録、ロスで行われたラップ・オリンピックに参加し準優勝した。注目されつつあったエミネムは、翌日、西海岸のヒップホップ・ラジオ・ショー「フライディ・ナイト・フレイヴァス」に出演しフリースタイルMCを披露。ヒップホップ界の大物であり名プロデューサーのドクター・ドレーに見いだされ、ドレーのレーベル、アフターマス・エンターテインメント(Aftermath Entertainment)と契約し、「ザ・スリム・シェイディ EP」をベースにメジャー・デビューアルバム「ザ・スリム・シェイディ LP(The Slim Shady LP)」をリリース。いきなり全世界で600万枚を超えるセールスを記録しスターダムにのし上がるが、その人気と共に、彼の過激な歌詞が多くの批判を生む事となる。
続く2枚目のアルバム、本名を冠した「ザ・マーシャル・マザーズ LP」では、それをはるかにしのぐ1700万枚以上売り上げ、その世界的な人気を不動のものにする。このアルバムが「グラミー賞最優秀アルバム部門」へノミネートされると、以前からエミネム自身と彼の歌詞を抗議している同性愛者の権利団体GLAADがこれを非難。また、収録曲「ザ・リアル・スリム・シェイディ(The Real Slim Shady)」では、歌詞にウィル・スミス、ブリトニー・スピアーズの名前が挙がり、訴訟騒ぎにもなる。
3枚目のアルバム「ザ・エミネム・ショウ」の発売と相前後して半自伝的映画「8 Mile」に主演。主題歌「ルーズ・ユアセルフ(Lose Yourself)」で2003年度アカデミー歌曲賞を受賞。
自身のアルバム制作以外では、地元デトロイトの仲間とともに結成したヒップホップ・ユニット、D12(ディー・トゥエルブ)に参加。「ビッグになったらまた組む」とした盟友との約束を果たしている。D12のデビューアルバム「デビルズ・ナイト(Devil's Night)」は初登場一位を記録した。
尊敬する2パックのドキュメンタリー映画『レザレクション~ヨミガエリ。(Resurrection)』サウンドトラック収録曲「ランニン(Runnin' (Dying To Live))」では、2パックと激しいビーフ(罵倒)を繰り返したノトーリアス・B.I.G.を引き合わせ、東西抗争の犠牲者である天才を競演させた。
2004年、4枚目のアルバム「アンコール」からのシングルカット曲、「ジャスト・ルーズ・イット(Just Lose It)」のPVではマイケル・ジャクソンの幼児虐待疑惑や鼻の整形を皮肉った物まねを披露し、マイケルや彼のファンから反感を買うこととなり、このPVの放送を中止する放送局も現れた。また米国大統領選の1週間前、「アンコール」収録曲「モッシュ(Mosh)」のPVをインターネットで公開し、反ブッシュの考えを明らかにした。また、2004年にアップル社が「ルーズ・ユアセルフ」を無断利用したCMを放映し、訴訟へと発展したが、その後和解。それまでかたくなに曲の提供を断っていたが、2005年10月にiPodのCMでタイアップを正式に行った。
何かと同性愛批判の歌詞が取り沙汰される事が多い彼だが、両性愛者のミュージシャンであるエルトン・ジョンは、エミネムを「ジミ・ヘンドリックスやミック・ジャガーのような伝説的ミュージシャンと同等」と賞賛し、2001年2月21日グラミー賞の授賞式、同26日ロンドンでのブリットアワードでエミネムとの競演を果たした。 ベストアルバム「カーテン・コール。〜ザ・ヒッツ」内の楽曲”スタン”ライブバージョン
プロデュース業に専念するため、最後になると言われていたヨーロッパツアー直前の2005年8月、突如体調不良から公演をキャンセル。睡眠薬依存症治療のための、入院が原因とされる。
近年はGユニットやオービー・トライス、2パックのプロデュースもこなし、新たな側面も見せている。暴力事件、母親との絶縁状態や裁判、離婚、元妻キンバリー・マザーズ(Kimberly Mathers)への侮辱といったスキャンダラスな人生を送っているが、実の娘ヘイリーを溺愛する子煩悩な一面も持ち合わせている。2006年1月14日、復縁が囁かれていた前妻キムと再婚した。Gユニット、オービー・トライスなどが参列する中、ミシガンのメドー・ブルック・ホールにて挙式が行われた。娘のヘイリー、キムの姪、キムの娘(父親はエミネムでなく、養子縁組した)と暮らすが、同年4月には再び離婚。子供の親権争いが予想される。
2006年4月11日未明、地元デトロイトのナイトクラブで彼のユニットD12のメンバーであり彼の親友でもあったMC、プルーフ(Proof、本名:Deshaun Holton)が、口論の末、頭や胸に4発の銃弾を受け死亡する事件が起きた。エミネムは「プルーフが俺をプッシュしてくれたお陰で今の俺がいる。アイツがいなかったら今のマーシャル・マザーズはいないしエミネムも勿論スリム・シェイディも存在しない。(中略)アイツは俺の一番の親友だった…そしてこれからも。」とのコメントを残し、プルーフの葬儀では目を赤く腫らし泣いていた。その後、彼は腕にプルーフの名前をタトゥーとして入れている。
2006年6月、彼は初主演した自伝的映画「8 Mile」以来2作目となる映画に主演すると突如表明。パラマウント映画が制作するこの作品は、米CBSテレビで'57~'63年に放映されていた西部劇のテレビドラマ・シリーズ「西部のパラディン(Have Gun - Will Travel)」の現代版で、エミネムは主人公のバウンティ・ハンター(賞金稼ぎ)役を演じるとのことである(オリジナル作品ではNorioという役名)。
2006年12月リリースのコンピレーションアルバム「Eminem Presents The Re-Up」収録曲「You Don't Know」のPV以降表舞台に殆ど姿を表さず、プロデューサーとして活動している。
太りやすい体質でもあり、2008年1月に撮影された写真では、体型が自身のM&Mという初期の活動名にかけて、菓子の「M&M'sのようだ」と騒がれた。
自身は「スリム・シェイディ(Slim Shady)」という道化師の別人格が存在するとし、スリムあるいはシェイディという名前が歌詞にも頻繁に登場する。エミネムというステージネームは、本名のイニシャル「M&M」を早口にしたという説や、自分の中に複数の人格があるという「Men In Me」を反対から読んだものが変化したという説などがあるが、エミネムの別人格であるスリム・シェイディのコンセプトを思いついた1997年以前から自身をエミネムと名乗っており、また初期にM&Mの名で活動していたことから、前者の「M&Mが変化してEminemとなった」とする説が有力である。
来歴
アメリカ合衆国ミズーリ州セントジョセフ生まれ。幼い頃から極貧の環境に育ち、12歳の時までカンザスシティとデトロイトを母親と共に2、3ヶ月ごとに転々と過ごす。友達もできず、いじめられ、自殺未遂も経験する。悪環境の中、自然とアフリカ系アメリカ人層やヒップホップに親しむようになる。14歳ごろから本格的にMCとして活動しはじめ、黒人優位のヒップホップ界において、白人ながらいくつものMCバトル・コンテストに挑戦する。
1997年自主制作テープ「ザ・スリム・シェイディ EP(The Slim Shady EP)」が2万枚の売り上げを記録、ロスで行われたラップ・オリンピックに参加し準優勝した。注目されつつあったエミネムは、翌日、西海岸のヒップホップ・ラジオ・ショー「フライディ・ナイト・フレイヴァス」に出演しフリースタイルMCを披露。ヒップホップ界の大物であり名プロデューサーのドクター・ドレーに見いだされ、ドレーのレーベル、アフターマス・エンターテインメント(Aftermath Entertainment)と契約し、「ザ・スリム・シェイディ EP」をベースにメジャー・デビューアルバム「ザ・スリム・シェイディ LP(The Slim Shady LP)」をリリース。いきなり全世界で600万枚を超えるセールスを記録しスターダムにのし上がるが、その人気と共に、彼の過激な歌詞が多くの批判を生む事となる。
続く2枚目のアルバム、本名を冠した「ザ・マーシャル・マザーズ LP」では、それをはるかにしのぐ1700万枚以上売り上げ、その世界的な人気を不動のものにする。このアルバムが「グラミー賞最優秀アルバム部門」へノミネートされると、以前からエミネム自身と彼の歌詞を抗議している同性愛者の権利団体GLAADがこれを非難。また、収録曲「ザ・リアル・スリム・シェイディ(The Real Slim Shady)」では、歌詞にウィル・スミス、ブリトニー・スピアーズの名前が挙がり、訴訟騒ぎにもなる。
3枚目のアルバム「ザ・エミネム・ショウ」の発売と相前後して半自伝的映画「8 Mile」に主演。主題歌「ルーズ・ユアセルフ(Lose Yourself)」で2003年度アカデミー歌曲賞を受賞。
自身のアルバム制作以外では、地元デトロイトの仲間とともに結成したヒップホップ・ユニット、D12(ディー・トゥエルブ)に参加。「ビッグになったらまた組む」とした盟友との約束を果たしている。D12のデビューアルバム「デビルズ・ナイト(Devil's Night)」は初登場一位を記録した。
尊敬する2パックのドキュメンタリー映画『レザレクション~ヨミガエリ。(Resurrection)』サウンドトラック収録曲「ランニン(Runnin' (Dying To Live))」では、2パックと激しいビーフ(罵倒)を繰り返したノトーリアス・B.I.G.を引き合わせ、東西抗争の犠牲者である天才を競演させた。
2004年、4枚目のアルバム「アンコール」からのシングルカット曲、「ジャスト・ルーズ・イット(Just Lose It)」のPVではマイケル・ジャクソンの幼児虐待疑惑や鼻の整形を皮肉った物まねを披露し、マイケルや彼のファンから反感を買うこととなり、このPVの放送を中止する放送局も現れた。また米国大統領選の1週間前、「アンコール」収録曲「モッシュ(Mosh)」のPVをインターネットで公開し、反ブッシュの考えを明らかにした。また、2004年にアップル社が「ルーズ・ユアセルフ」を無断利用したCMを放映し、訴訟へと発展したが、その後和解。それまでかたくなに曲の提供を断っていたが、2005年10月にiPodのCMでタイアップを正式に行った。
何かと同性愛批判の歌詞が取り沙汰される事が多い彼だが、両性愛者のミュージシャンであるエルトン・ジョンは、エミネムを「ジミ・ヘンドリックスやミック・ジャガーのような伝説的ミュージシャンと同等」と賞賛し、2001年2月21日グラミー賞の授賞式、同26日ロンドンでのブリットアワードでエミネムとの競演を果たした。 ベストアルバム「カーテン・コール。〜ザ・ヒッツ」内の楽曲”スタン”ライブバージョン
プロデュース業に専念するため、最後になると言われていたヨーロッパツアー直前の2005年8月、突如体調不良から公演をキャンセル。睡眠薬依存症治療のための、入院が原因とされる。
近年はGユニットやオービー・トライス、2パックのプロデュースもこなし、新たな側面も見せている。暴力事件、母親との絶縁状態や裁判、離婚、元妻キンバリー・マザーズ(Kimberly Mathers)への侮辱といったスキャンダラスな人生を送っているが、実の娘ヘイリーを溺愛する子煩悩な一面も持ち合わせている。2006年1月14日、復縁が囁かれていた前妻キムと再婚した。Gユニット、オービー・トライスなどが参列する中、ミシガンのメドー・ブルック・ホールにて挙式が行われた。娘のヘイリー、キムの姪、キムの娘(父親はエミネムでなく、養子縁組した)と暮らすが、同年4月には再び離婚。子供の親権争いが予想される。
2006年4月11日未明、地元デトロイトのナイトクラブで彼のユニットD12のメンバーであり彼の親友でもあったMC、プルーフ(Proof、本名:Deshaun Holton)が、口論の末、頭や胸に4発の銃弾を受け死亡する事件が起きた。エミネムは「プルーフが俺をプッシュしてくれたお陰で今の俺がいる。アイツがいなかったら今のマーシャル・マザーズはいないしエミネムも勿論スリム・シェイディも存在しない。(中略)アイツは俺の一番の親友だった…そしてこれからも。」とのコメントを残し、プルーフの葬儀では目を赤く腫らし泣いていた。その後、彼は腕にプルーフの名前をタトゥーとして入れている。
2006年6月、彼は初主演した自伝的映画「8 Mile」以来2作目となる映画に主演すると突如表明。パラマウント映画が制作するこの作品は、米CBSテレビで'57~'63年に放映されていた西部劇のテレビドラマ・シリーズ「西部のパラディン(Have Gun - Will Travel)」の現代版で、エミネムは主人公のバウンティ・ハンター(賞金稼ぎ)役を演じるとのことである(オリジナル作品ではNorioという役名)。
2006年12月リリースのコンピレーションアルバム「Eminem Presents The Re-Up」収録曲「You Don't Know」のPV以降表舞台に殆ど姿を表さず、プロデューサーとして活動している。
太りやすい体質でもあり、2008年1月に撮影された写真では、体型が自身のM&Mという初期の活動名にかけて、菓子の「M&M'sのようだ」と騒がれた。
マイ・ケミカル・ロマンス
2008年07月02日
マイ・ケミカル・ロマンス(My Chemical Romance)は、アメリカ合衆国ニュージャージー州出身のロックバンド。バンド名はベーシストのマイキー・ウェイの発案で、アーヴィン・ウェルシュのカルト小説(「Ecstasy: Three Tales of Chemical Romance」)から由来する。
パンク・ロック、ハードコアを基調とした音楽性はクイーンやブラック・フラッグ、アイアン・メイデン、ミスフィッツなどから影響を受けている。ヴァンパイアや死を用いたオカルト的とも取れる世界観の歌詞は賛否両論である。
ファンの間では「MCR」もしくは「My Chem(日本では同様に「マイケミ」)との略称で呼ばれている。
特にイギリスやアメリカの若者を中心に絶大な人気を誇る。
2007年には、日本の音楽番組「ミュージック・ステーション」に出演したり、武道館でライブを行うなど日本でもブレイクした。
マイ・ケミカル・ロマンスと不仲な関係にある主なバンド
カサビアン - ボーカルのトム・ミーガンが「死に関する曲ばかり歌い、前向きじゃねぇ。暗くて不気味なだけだろ。」といった主旨の発言をした。その後ジェラルド・ウェイが「非難したつもりだろうが、表現力が乏しいから褒め言葉みたいだな!」と反撃している。
マリリン・マンソン - 、「Mutilation Is The Most Sincere Form Of Flattery」がマイ・ケミカル・ロマンスへ向けて書かれたものであると明かし、「こいつらは、私が既にやり終えたことの、空しく上っ面だけのヴァージョンをやっているだけで、見ていると私が私であることさえ恥ずかしくなってくる」と発言。これに対し、ジェラルド・ウェイは「エルヴィス・コステロに言われたなら少しは考えるけど」とコメント。
ザ・ユーズド - もともと共にライブを行ったりするなど仲の良いグループだったが、現在は何らかの理由でお互い犬猿の仲に陥っている。一時は「Pretty Handsome Awkward」がジェラルドへの罵倒ではないかという憶測も飛んだ(ボーカルのバート・マクラッケンはこれを否定している)。

パンク・ロック、ハードコアを基調とした音楽性はクイーンやブラック・フラッグ、アイアン・メイデン、ミスフィッツなどから影響を受けている。ヴァンパイアや死を用いたオカルト的とも取れる世界観の歌詞は賛否両論である。
ファンの間では「MCR」もしくは「My Chem(日本では同様に「マイケミ」)との略称で呼ばれている。
特にイギリスやアメリカの若者を中心に絶大な人気を誇る。
2007年には、日本の音楽番組「ミュージック・ステーション」に出演したり、武道館でライブを行うなど日本でもブレイクした。
マイ・ケミカル・ロマンスと不仲な関係にある主なバンド
カサビアン - ボーカルのトム・ミーガンが「死に関する曲ばかり歌い、前向きじゃねぇ。暗くて不気味なだけだろ。」といった主旨の発言をした。その後ジェラルド・ウェイが「非難したつもりだろうが、表現力が乏しいから褒め言葉みたいだな!」と反撃している。
マリリン・マンソン - 、「Mutilation Is The Most Sincere Form Of Flattery」がマイ・ケミカル・ロマンスへ向けて書かれたものであると明かし、「こいつらは、私が既にやり終えたことの、空しく上っ面だけのヴァージョンをやっているだけで、見ていると私が私であることさえ恥ずかしくなってくる」と発言。これに対し、ジェラルド・ウェイは「エルヴィス・コステロに言われたなら少しは考えるけど」とコメント。
ザ・ユーズド - もともと共にライブを行ったりするなど仲の良いグループだったが、現在は何らかの理由でお互い犬猿の仲に陥っている。一時は「Pretty Handsome Awkward」がジェラルドへの罵倒ではないかという憶測も飛んだ(ボーカルのバート・マクラッケンはこれを否定している)。
Asian Kung Fu Generation
2008年07月02日
ASIAN KUNG-FU GENERATION(アジアン・カンフー・ジェネレーション、漢字表記「亜細亜的功夫世代」、中国語表記「亞洲的功夫世代」)は、日本の4人組ロックバンド。略称「アジカン」。所属レコード会社はキューンレコード。いわゆる下北系と呼ばれるロックバンドの代表格で、国外での人気も高く、CDリリースも果たしている。
概要
後藤正文(Vo&G)、喜多建介(G&Vo)、山田貴洋(B&Vo)、伊地知潔(Dr)の4人編成。
UKロックやパワーポップなどの影響を受けた、重層的で、ローカルなギターサウンドと、メロディのポップさと、内省的で抽象度の高い歌詞が特徴。その歌詞に対する評価は非常に高い。[要出典]
CDジャケットは、全て中村佑介のイラスト(自主制作盤を除く)。
メンバーは、アジカンだけでなく、他の音楽も聴くことを勧める。公式ファンクラブを持たないのも、その一環であるとされる。ラジオでは、他バンドの音源、特に洋楽を多く流す。
台湾にて“亜細亜的功夫世代”としてもCDをリリースしている。アジアやアメリカなどにも広まり、アメリカでは、日本からの輸入CDを扱うレーベルにCDリリースを所望する運動がネット上で起こり、結果『ソルファ』が『Sol-fa』というタイトルでアメリカでリリースされた。
バンド名の由来は、後藤が好きだったthee michelle gun elephantが、英単語を3つ使用している事から「3つ単語を使おう」と思い立ち、考えた末に「ASIAN KUNG-FU GENERATION」で決定。「海外の人たちが読んで驚くような名前」という意味も込められている。“カンフー”は、後藤がカンフー映画好きだから。このバンド名はOASISのノエル・ギャラガーからは「クソ素晴らしい」バンド名だとの評価を受けている。略称は「アジカン」で、正式なバンド名よりはこちらの方が知名度が高い。椎名林檎はアジフーと呼ぶ。文字媒体では「AKG」または「AKFG」と称される事もある。ちなみに、「ゴーゴーシーチキンボーイズ」というバンド名の候補もあった。後藤は「シーチキン」という語呂がツボにはまったらしい。
歌詞はすべてボーカルの後藤正文が書いており、日本語のみで綴られた、情景描写と心理描写を巧みに駆使した抽象度の高い歌詞が特徴である。歌詞の一人称は「僕」、二人称は「君」である。(インディーズ時代の音源では、全編英語詞の楽曲も存在する)。
作曲もほとんどが後藤の手によるものだが、他のメンバーが作曲に関ることもある。また、曲を作ったメンバーが歌も歌えばいいという方針であり、喜多が作曲した「嘘とワンダーランド」では、後藤ではなく喜多がメインボーカルを担当している。
マネージャーの通称は「キャッツ」。
デビュー以降「崩壊アンプリファー」~「フィードバックファイル」までの5枚のアルバム全ての名前に「ファ」が付いている、とファンの間では多々指摘されるが、特に意味は無い。また、6枚目のアルバム「ワールド ワールド ワールド」、2枚目のミニアルバム(7枚目のアルバム)「未だ見ぬ明日に」のタイトルには「ファ」は付いていない。
シングル
未来の破片(2003年8月6日発売)
君という花(2003年10月16日発売)
サイレン(2004年4月14日発売)
ループ&ループ(2004年5月19日発売)
リライト(2004年8月4日発売)
君の街まで(2004年9月22日発売)
ブルートレイン(2005年11月30日発売)
ワールドアパート(2006年2月15日発売)
或る街の群青(2006年11月29日発売)
アフターダーク(2007年11月7日発売)
転がる岩、君に朝が降る(2008年2月6日発売)
概要
後藤正文(Vo&G)、喜多建介(G&Vo)、山田貴洋(B&Vo)、伊地知潔(Dr)の4人編成。
UKロックやパワーポップなどの影響を受けた、重層的で、ローカルなギターサウンドと、メロディのポップさと、内省的で抽象度の高い歌詞が特徴。その歌詞に対する評価は非常に高い。[要出典]
CDジャケットは、全て中村佑介のイラスト(自主制作盤を除く)。
メンバーは、アジカンだけでなく、他の音楽も聴くことを勧める。公式ファンクラブを持たないのも、その一環であるとされる。ラジオでは、他バンドの音源、特に洋楽を多く流す。
台湾にて“亜細亜的功夫世代”としてもCDをリリースしている。アジアやアメリカなどにも広まり、アメリカでは、日本からの輸入CDを扱うレーベルにCDリリースを所望する運動がネット上で起こり、結果『ソルファ』が『Sol-fa』というタイトルでアメリカでリリースされた。
バンド名の由来は、後藤が好きだったthee michelle gun elephantが、英単語を3つ使用している事から「3つ単語を使おう」と思い立ち、考えた末に「ASIAN KUNG-FU GENERATION」で決定。「海外の人たちが読んで驚くような名前」という意味も込められている。“カンフー”は、後藤がカンフー映画好きだから。このバンド名はOASISのノエル・ギャラガーからは「クソ素晴らしい」バンド名だとの評価を受けている。略称は「アジカン」で、正式なバンド名よりはこちらの方が知名度が高い。椎名林檎はアジフーと呼ぶ。文字媒体では「AKG」または「AKFG」と称される事もある。ちなみに、「ゴーゴーシーチキンボーイズ」というバンド名の候補もあった。後藤は「シーチキン」という語呂がツボにはまったらしい。
歌詞はすべてボーカルの後藤正文が書いており、日本語のみで綴られた、情景描写と心理描写を巧みに駆使した抽象度の高い歌詞が特徴である。歌詞の一人称は「僕」、二人称は「君」である。(インディーズ時代の音源では、全編英語詞の楽曲も存在する)。
作曲もほとんどが後藤の手によるものだが、他のメンバーが作曲に関ることもある。また、曲を作ったメンバーが歌も歌えばいいという方針であり、喜多が作曲した「嘘とワンダーランド」では、後藤ではなく喜多がメインボーカルを担当している。
マネージャーの通称は「キャッツ」。
デビュー以降「崩壊アンプリファー」~「フィードバックファイル」までの5枚のアルバム全ての名前に「ファ」が付いている、とファンの間では多々指摘されるが、特に意味は無い。また、6枚目のアルバム「ワールド ワールド ワールド」、2枚目のミニアルバム(7枚目のアルバム)「未だ見ぬ明日に」のタイトルには「ファ」は付いていない。
シングル
未来の破片(2003年8月6日発売)
君という花(2003年10月16日発売)
サイレン(2004年4月14日発売)
ループ&ループ(2004年5月19日発売)
リライト(2004年8月4日発売)
君の街まで(2004年9月22日発売)
ブルートレイン(2005年11月30日発売)
ワールドアパート(2006年2月15日発売)
或る街の群青(2006年11月29日発売)
アフターダーク(2007年11月7日発売)
転がる岩、君に朝が降る(2008年2月6日発売)


